大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所小樽支部 昭和50年(ワ)69号 判決

原告 山下道夫

訴訟代理人弁護士 大島治一郎

被告 有限会社アサヒ運輸

代表者代表取締役 堤トヨ

被告 藤原登

被告ら訴訟代理人弁護士 舛谷富勝

主文

被告らは原告に対し各自金二五万四一〇〇円と内金二〇万四一〇〇円に対する昭和五〇年四月三〇日から、内金五万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金四八万五一〇〇円と内金四三万五一〇〇円に対する昭和五〇年四月三〇日から、内金五万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三  請求の原因

1  事故の発生

被告藤原登は昭和五〇年四月二九日午後二時ころ小樽市色内二丁目の道路上において貨物自動車(以下被告車という)を運転中、原告運転の普通乗用自動車(札五五ほ五八三五号、以下原告車という)に追越されたことに憤慨し、交差点の手前で一時停止した原告車の天板右側後部にコカコーラの空瓶を投げつけて原告車の一部に損傷を与え、更に、その交差点を右折して約三〇メートル走行した地点において、原告がその場に停車した被告車の運転席のわきに行き、被告藤原にその抗議をしようとしたところ、いきなり鉄製バールを手に持って原告の頭部を二回殴打したうえ、手拳で原告の顔面を殴打し、原告に加療約二か月を要した頭部外傷、頸椎捻挫、頭皮裂創、鼻骨骨折の傷害を与えた。

2  責任原因

(一)  被告藤原は民法七〇九条により損害賠償責任がある。

(二)  被告藤原は被告有限会社アサヒ運輸の従業員であり、被告会社の業務を執行中に1の不法行為をなした。したがって、被告会社は民法七一五条により損害賠償責任がある。

3  損害

(一)  原告車修理費  三万〇五〇〇円

(二)  治療関係費

瀬戸病院      二三八〇円

中村脳外科     七二二〇円

(三)  休業損害   二九万五〇〇〇円

月額一六万七〇〇〇円の割合による五三日分(四月二九日から六月二〇日まで)

(四)  慰藉料        二〇万円

(五)  弁護士費用       五万円

4  被告らはこれまでに一〇万円を支払ったので、原告はこれを休業損害の一部に充当した。

5  そこで、原告は被告らに対し損害金四八万五一〇〇円と3の(一)ないし(四)の損害金四三万五一〇〇円に対する不法行為の日の翌日である昭和五〇年四月三〇日から、3の(五)の損害金五万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

四  請求の原因に対する答弁

1のうち被告藤原が原告主張の日時ころその主張の場所付近で被告車を運転中原告車にコカコーラの空瓶を投げつけてその一部に損傷を与えたうえ、バールで原告の頭部を殴打した事実は認めるが、原告の受けた創傷の部位と程度は知らないし、その余の事実は否認する。

2の(一)の事実は認める。(二)のうち被告藤原が被告会社の従業員であった事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3の事実は知らない。

4のうち被告藤原が原告に一〇万円を支払った事実は認めるが、その充当関係は争う。

五  被告らの主張

1  原告は他の仲間を乗せて原告車を運転し、小樽市稲穂五丁目一〇番先の北海道拓殖銀行長橋口支店前交差点で信号機の赤信号のため停車していた被告車と並んで停車したのち、青信号で発進したが、その前方約二〇〇メートルの色内川下信号機まで至る間に被告車が三回にわたって追抜き、前方に出たときには急ブレーキをかけて徐行するなどして被告車の進行を妨害したので、被告藤原は憤慨し、コカコーラの空瓶を原告車の屋根に投げて合図をし、原告車を停車させた。ところが、原告は同乗者の一人とともに原告車のトランクから野球用バットを一本ずつ取出し、これを持って被告藤原に立向かって来た。そこで、被告藤原は自衛上バールを持って応戦したのであり、双方の抗争は原告の違法運転と挑戦によってひき起こされたのであるから、原告にも責任がある。

2  被告藤原は被告会社の十数年来の従業員であって、当日は函館市に出張し、その帰途原告との間に紛争を起こしたのであるが、それは運転者同士の喧嘩なのであるから、被告会社の業務とは無関係であり、被告会社が被告藤原の使用者としてその責任を問われる筋合はない。

3  仮に被告会社に民法七一五条一項本文の責任があるとしても、被告会社は被告藤原の選任及び監督について相当の注意(飲酒運転、喧嘩の禁止)をしていたから、同条一項但書により免責される。

六  被告らの主張に対する答弁

1のうち原告が被告車の進行を妨害した事実、被告藤原が自衛上バールを持って応戦した事実は否認する。

2と3の事実は否認する。

七  証拠≪省略≫

理由

一  事故の発生

被告藤原登が昭和五〇年四月二九日午後二時ころ小樽市色内二丁目の道路上において被告車を運転中原告車の屋根にコカコーラの空瓶を投げつけて原告車の一部に損傷を与えたうえ、鉄製バールで原告の頭部を殴打した事実は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができる。すなわち、(一)原告は四月二九日午前二時ころ原告車に訴外森茂治を同乗させて札幌市を出発し、岩内町に魚釣りに出掛けたが、午後零時二〇分ころ国鉄岩内駅前を出発して帰途につき、午後二時ころ小樽市内の国道五号線の稲北交差点付近に差しかかった。(二)被告藤原は同日午前一時ころ被告車に訴外平野幸三郎を同乗させて被告会社を出発し、函館市の得意先にサイダー、ジュースを配達したのち、午前八時ころ函館市を出発して帰途につき、仁木町で停車して約一時間仮眠し、午後二時ころ小樽市内の稲北交差点付近に差しかかった。(三)稲北交差点付近では被告車が先行し、原告車がこれに続いていた。被告車と原告車はその交差点を直進し、信号機のある色内川下交差点に至った。稲北交差点から色内川下交差点までの間において原告は被告車をその右側から追越そうとしたが、被告車が中央線寄りに寄ったので、追越しを断念した。色内川下交差点の信号機が赤であったので、その手前で被告車が中央線寄りに停車し、原告車が被告車の左方に並んで停車して、信号が変わるのを待った。(四)信号が青になると、原告車は素早く発進して被告車の前方に進路を取り、国鉄手宮線の踏切を通過して次の交差点に差しかかったが、その間踏切の手前と交差点の手前で停車した。被告車は原告車に続いて踏切を通過し、次の交差点に差しかかったが、その前方で原告車が右のように停車したので、被告藤原は原告車に進路を妨害されたものと即断し、腹を立てた。そこで、その交差点の手前で原告車の後方に被告車を停車させると、被告藤原は運転席にあったホームサイズのコカコーラの空瓶を手に持ち、運転席の窓から原告車の屋根にその空瓶を投げつけた。空瓶はその屋根に当たって壊れた。原告車はその交差点を右折し、被告車も続いて右折したが、原告は右折し終えるとすぐ原告車を停車させて下車し、後部トランクから野球のバット一本を取出して被告車に近付き、そのバットを振上げた。訴外森も原告車から下車して、原告とともに被告車に近付いた。その場所では被告車の後部が交差点内にあって、他の交通の邪魔になっていたので、原告は被告藤原に「前に出て話をつけるべ」と言って原告車に戻り、バットをトランクに仕舞ったのち原告車を約三〇メートル前進させて停車させ、再び訴外森とともに下車して、被告車の右わきに近付いた。被告藤原は被告車を原告車の後方に停車させたが、原告と訴外森が近付いて来たので、喧嘩になれば素手ではかなわないと考え、運転席にあった長さ五五センチメートルの鉄製バールを手に持って下車し、原告と訴外森の前に立った。訴外森はこれを見ると、とっさにやられると思い、直ちにその場から歩道の方へ逃げた。ところが、原告は被告藤原に「そんな物を持たないと喧嘩ができないのか。やれるならやってみろ」と言いながら勢いよく被告藤原に接近したので、被告藤原は機先を制してやろうと考え、そのバールで原告の頭部を二回殴打し、更に、原告とそのバールの奪い合いをしていたとき手拳で原告の顔面を一回殴打した。

そして、≪証拠省略≫によると、原告はそのため頭部外傷、頸椎捻挫、頭皮裂創、鼻骨骨折の傷害を受け、四月二九日から五月一日まで小樽市の瀬戸病院に入院し、五月一日から同月一七日まで札幌市の中村脳神経外科病院に入院したのち、六月二〇日まで同病院に通院して治療を受けた事実を認めることができる。

二  責任原因

(一)  被告藤原のなした行為は不法行為にあたるから、被告藤原は民法七〇九条により損害賠償責任がある。

(二)  被告藤原が被告有限会社アサヒ運輸の従業員であった事実は当事者間に争いがない。

そして、前記一で認定した事実によると、被告藤原は故意に原告に暴行を加えて傷害を与えたといえるのであるが、被告藤原は被告会社の業務の執行として被告車を運転していたのであり、しかも、被告藤原はその運転行為中に原告からその進路を妨害されたものと即断して原告車にコカコーラの空瓶を投げつけ、これが端緒となって原告を立腹させ、原告をして野球のバットを持出させるに至ったとみることができるうえ、その成行の赴くままバールと手拳で原告の頭部と顔面を殴打するに至ったのであるから、被告藤原のなした一連の行為はいずれも被告会社の事業執行の過程中に行われたものとみるのが相当であり、被告藤原は被告会社の事業の執行について原告に損害を加えたとみるのが相当である。

≪証拠省略≫によると、被告会社は自動車の運行管理者を定めて随時運転者に運行上の注意を与えていたほか、就業規則を掲示して運転者の指導監督を行っていた事実を認めることができるが、使用者はそのような一般的な訓示指導を与えるだけでは免責されないと解するのが相当であり、被告会社が被告藤原を監督するについて相当の注意をしたとの被告ら主張の事実を認めるにたりる証拠はない。

したがって、被告会社は民法七一五条一項本文により損害賠償責任がある。

三  損害

(一)  原告車修理費 三万〇五〇〇円

≪証拠省略≫によると原告は原告車の修理費として右の金員を支出した事実を認めることができる。

(二)  治療関係費    六六〇〇円

≪証拠省略≫によると原告は瀬戸病院における診療費、文書料として二三八〇円を支出し、中村脳神経外科病院における診断費、文書料として七二二〇円を支出した事実を認めることができる。しかし、中村脳神経外科病院における文書料はその一通分一五〇〇円の限度で相当因果関係があるとみるのが相当であり、他の二通分三〇〇〇円は認容しない。

(三)  休業損害  一六万七〇〇〇円

≪証拠省略≫によると昭和四九年中の原告の収入は月額一六万七〇〇〇円を下らなかった事実を認めることができ、≪証拠省略≫によると原告は五月末ころまで休業した事実を認めることができる。したがって、休業損害は一か月分の限度で認容するのが相当である。

(四)  慰藉料       一〇万円

前記一で認定した事実によると、原告と被告藤原の抗争は被告藤原が原告車にコカコーラの空瓶を投げつけたことが発端となったといえるのであるが、原告が野球のバットを持出して被告車に迫ったことが被告藤原を刺激し、被告藤原をしてバールを持出させるに至った誘因をなしたのではないかとも思われるし、原告の受けた傷害の部位程度など諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料としては一〇万円の限度で認容するのが相当である。

(五)  弁護士費用      五万円

≪証拠省略≫によると原告は原告訴訟代理人との間に弁護士費用として五万円を支払うとの約束をした事実を認めることができる。訴訟の難易、主張立証活動の程度などからみて、弁護士費用としてはその全額を被告らに負担させるのが相当である。

四  前記三の損害額は合計三五万四一〇〇円となるが、原告は被告らから一〇万円の支払を受けた事実を自認しているので、これを前記三の(一)ないし(四)の損害の一部に充当する。そこで、その残額は二五万四一〇〇円となる。

五  そうすると、被告らに対し損害金二五万四一〇〇円と前記三の(一)ないし(四)の損害金二〇万四一〇〇円に対する不法行為の日の翌日である昭和五〇年四月三〇日から、前記三の(五)の損害金五万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める原告の請求は理由があるから、これを認容する。しかし、原告の被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却する。

そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例